東京地方裁判所 平成7年(ワ)24935号 判決 1997年5月14日
原告
東洋建物株式会社
右代表者代表取締役
大内正博
右訴訟代理人弁護士
松尾紀良
被告
京成不動産株式会社
右代表者代表取締役
内藤暢彦
右訴訟代理人弁護士
阿部隆彦
同
田中治
同
北沢豪
主文
一 被告は、原告に対し、七四八万一〇九六円及びこれに対する平成七年一二月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、二六七一万八二〇〇円及びこれに対する平成七年一二月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 原告は、等価交換方式のマンション建築について、被告のために仲介し、被告の業務全般に協力したとして、その報酬またはこれに代わる損害賠償を請求するものである。
二 請求原因
1 (第一次請求原因―被告と淺川組との間の組合契約の仲介と業務協力を内容とする準委任)
(一) 組合契約の仲介依頼
(1) 原告及び被告は、不動産の販売等を業とする株式会社である。
(2) 株式会社淺川組(以下「淺川組」という。)は、別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)上に別紙物件目録記載(二)のマンション(以下「本件マンション」という。)を等価交換方式により建築する計画を進め、地権者(地主、借地人、借家人など)との間の合意及びマンションの基本的な設計を終えていた。
(3) 原告は、淺川組から、右マンション建築事業(以下「本件事業」という。)について、この事業に参加し、マンション建築等の費用を負担する企業を紹介し、淺川組とその企業との間に本件事業を共同で行うことを目的とした契約を締結することを仲介するよう依頼を受けた。
(4) 原告は、平成五年六月ころ、被告に対し、本件事業の計画を紹介し、原告は、被告からも右契約締結についての仲介を依頼され、同年八月ころから、原告、被告及び淺川組の間で、同年八月ころから本件マンションの基本的設計図面の提出、建築等に要する費用、被告が取得する販売用マンションの面積等、本件事業の詳細な交渉がなされた。
(二) 組合契約の締結
被告と淺川組は、平成五年一二月二八日、原告の仲介行為により、本件土地上に等価交換方式により本件マンションを建築する事業(本件事業)を共同で行うことを目的とした組合契約(以下「本件組合契約」という。)を締結した。被告及び淺川組の出費は次のとおりである。
(1) 被告の出費義務
被告は、本件事業の事業費総額一三億九二五万五〇〇〇円(建築費等の総額一〇億七二八五万五〇〇〇円及び地権者に対する差金(仮設住居費、移転費、契約差金等)の総額二億三六四〇万円の合計)を負担する。
(2) 淺川組の出費義務
淺川組は、本件事業のために、淺川組が本件土地の地権者との間で取り交わした等価交換方式によるマンション建設に関する契約上の地位(以下「地権者との契約上の地位」という。)を提供する。
(3) 被告と淺川組との間の事業分担及び利益配分
被告は、地権者との契約上の地位を承継し、本件マンション完成後、専有部分面積2143.88平方メートルを取得し、淺川組は、本件マンションの建築工事を一〇億七二八五万五〇〇〇円で請け負い、本件事業のためにマンションを建築する。
また、淺川組は、本件土地の地権者のとりまとめ及び交換差金の支払等を被告の提供する二億三六四〇万円で請け負う。
(三) 準委任契約及び報酬契約の締結
(1) 組合成立後、被告及び淺川組は、本件事業を遂行することになったが、本件マンションの設計に関する詳細及び地権者との等価交換に関する契約内容について更に協議し、これを確定する必要があった。
すなわち、被告は、本件事業により、販売用のマンションを取得することになるので、これを考慮し、被告の要望を入れて、設計変更することになった。そのため、被告と淺川組との協議により設計変更の内容を確定し、一級建築士事務所に設計変更図面の作成を依頼し、建築確認の申請をする必要があった。
また、本件事業のため淺川組と地権者との間には既に等価交換に関する契約が締結されていたが、地権者との契約上の地位を承継することになる被告との間において承継する契約内容を確定し、これに基づき地権者と新たに等価交換契約を締結する必要があった。
このように、本件事業は、被告と淺川組との協議により事業内容を確定した上、建築確認申請に基づく本件マンションの建築請負契約書及び本件土地の地権者との等価交換契約書を作成する必要があった(以下、本件組合契約締結後の、請負契約及び等価交換契約締結に向けた被告と淺川組との間の協議を「本件最終協議」という。)。
(2) また、被告は、平成八年三月までに本件マンションの引渡しを受けたい意向であったが、そのためには、平成六年九月には本件マンションの建築に着工しなければならなかった。そして、その時期までに淺川組との協議を終え、建築確認申請を行い、本件マンションの建築請負契約及び等価交換契約を締結していなければならなかった。
しかし、被告は、本件事業を円滑に遂行し、平成六年九月末までにマンションの建築に着工できるかに強い不安があった。被告の本件事業に関連する部門は、マンション用地を取得する部門で、本件事業に参加する判断をした用地部と、マンションの設計を担当する商品企画部であったが、販売を担当する営業部門は、参加しておらず、また、本件事業を統括して遂行する部門がなかった。本件組合契約成立後は、基本プランに基づき本件マンションの設計変更の協議を進めて行くことになるため、商品企画部が担当することになるが、商品企画部には、本件組合契約成立に至る経緯について知っているものがいなかった。
このように、業務ごとに担当部が代わり、かつ、統括責任者がいない中で、本件組合成立後約九か月の間に本件マンションの建築の着工にこぎ着けるには、共同事業の相手方である淺川組との円滑な協議が不可欠であるが、本件組合成立まで被告と淺川組との利害を調整してきた原告が右協議に参加しないことになると協議が円滑に進むかどうかに強い不安があった。
(3) 原告は、営業部長の田子弘幸(以下「田子」という。)及び協力業者の小野隆裕(以下「小野」という。)が担当して本件組合契約成立のために仲介行為を行ってきたが、田子は、多数のマンション販売を手がけて営業部門の知識が豊富であり、また、小野は、元株式会社エドケンの事業部長としてマンションの開発事業を手がけ、等価交換方式によるマンション建築の経験があり、この二人の経験等に基づく仲介行為により被告と淺川組の利害等を調整し、本件組合契約が成立した。
これにより原告の仲介業務は終了し、後は付随業務として本件マンションの請負契約及び等価交換契約の締結に立ち会うことだけが残されていた。
(4) そこで、円滑に本件事業を遂行できるかに不安のあった被告用地部の稲見課長(以下「稲見」という。)は、原告に対し、本件組合契約の締結により仲介業務が終了した後も、被告と淺川組との間の本件最終協議に参加し、双方の利害を調整するなどして、本件事業の推進役として協力し、また、被告の業務全般に協力してもらいたいと依頼した。
原告は、被告及び淺川組双方の事情及び本件組合契約締結までの経過を知っており、マンション販売及び等価交換方式によるマンション建築事業の知識と経験のあることから、事業の推進役として適当であろうと判断して右依頼を引き受けることにした。
これにより、原告と被告との間において、原告が本件業務に参加し、本件最終協議が円滑に行われるように取りはからう推進役としての業務及び被告の業務全般に協力するという法律行為以外の事務処理についての準委任契約(以下「本件準委任契約」という。)が成立した。
(5) 原告と被告は、平成六年二月ころ、覚書(甲第一号証。以下「本件覚書」という。)を取り交わし、原告が被告のために本件組合契約の仲介業務を行ったこと及び原・被告間の本件準委任契約を確認し、原告の本件組合契約締結についての仲介行為及び本件準委任契約に基づく原告の事務処理に対する報酬として、本件事業の総事業費の二パーセントである二五九四万円及び消費税七七万八二〇〇円の合計二六七一万八二〇〇円の報酬を支払うとの報酬契約(以下「本件報酬契約」という。)を締結した。
本件報酬契約には、次のような約定がある。
① 弁済期
ア 等価交換契約及び建築工事請負契約の締結時 一二九七万円
イ 右契約の引渡時
一三七四万八二〇〇円
② 原告及び被告は、相手方が本契約に違背したときは、催告のうえ本契約を解除することができる。
なお、報酬額のうち四〇パーセントが本件準委任契約に基づく報酬部分というのが本件報酬契約についての原告の認識であった。
(四) 原告の労務の提供
(1) 本件事業の推進役としての業務
① 本件組合契約締結後、被告が本件事業から脱退する平成六年九月五日まで、被告と淺川組との協議は、合計二八回行われたが、原告は、推進役として協議が円滑に行われるようにそのうち二六回の協議に参加した。
② 被告は、本件組合契約成立後、平成六年九月の本件マンション建築の着工に間に合うように直ちに被告の設計変更プランを淺川組に提示し、本件最終協議を始めなければならなかったのに、なかなか円滑な協議が行われず、事業の推進に大幅な遅れが生じ、このままでは平成六年九月の着工には間に合わないおそれが生ずることになった。
そこで、原告は、本件事業の推進役として、被告に本件事業の推進方法及び行程を提案し、原告が被告と淺川組の間に立って双方の日程等を調整し、協議の場所、日時を設定して原告が推進役となって協議が行われるように取りはからった。
その結果、同年四月中旬ころになって、被告と淺川組との協議(本件最終協議)が行われるようになり、以後、定期的に協議が行われたものである。
(2) 被告の業務全般に対する協力業務
① 原告は、被告、淺川組及び設計事務所との間の設計変更の協議に毎回参加した。この中で、被告から設計変更のプランが提案されたが、この協議には被告の営業部門が参加しておらず、マンションの販売のことを考慮すれば、問題のある間取り等のプランが提案された。
これに対し、原告は、マンション販売の知識と経験から被告に対し、間取り等について助言した。
② また、本件最終協議において、被告は、公庫融資を受けるための設計条件が変更になっていることを知らず、メータボックスなどの設計が不備であったため、これについて助言した。
(3) 被告の具体的依頼による協力業務
① 原告は、被告から、被告が本件事業により取得する販売用のマンションの再販価格について、国土利用計画法二三条の届出について事前確認の依頼を受けた。原告は、調査のうえ区役所と打ち合わせ、被告が予定している再販価格は、国土利用計画法の届出に問題がないことを確認し、その旨の報告書を被告に提出した。
② 被告は、等価交換についての知識が不足していたので、原告は、本件土地の地権者との間に取り交わす等価交換契約書案について、小野が従前行ったことのある等価交換契約書を二案提供し、これに対する助言をした。
(五) 本件事業の推移と被告の事実上の脱退
(1) 被告と淺川組は、平成六年一月七日から同年六月三日まで一四回に渡り基本プラン及び仕様に基づく詳細な打ち合わせを行い、また、淺川組は、被告の了解を得て、平成六年四月二一日、一級建築士事務所株式会社ケイテイ建築研究所(以下「ケイテイ建築」という。)に本件マンションの設計業務及び工事監理業務を委託する建築士業務委託契約を締結し、被告、淺川組及びケイテイ建築の協議により、設計変更図面・施工図面等が完成し、同年六月三日、淺川組名義で建築確認申請を行った。そして、同年九月八日に建築確認通知がされた。
(2) 一方淺川組は、建築確認申請に必要な近隣対策を行うため、日本プラント技研株式会社(以下「日本プラント」という。)との間で、近隣説明、日影補償及び工事迷惑料の折衝、支払、近隣住民との工事協定書の締結業務を行うとの業務委託契約を締結し、日本プラントにより、前記建築確認申請時までにはこれらの近隣対策を終えていた。
(3) さらに、被告と淺川組は、前記建築確認申請後、被告が淺川組から承継することになっている地権者との契約上の地位について、これを被告と地権者との等価交換契約とするための打ち合わせを、平成六年六月一〇日から同年八月二六日まで一四回に渡り行い、被告及び淺川組双方から等価交換契約書が提出され、被告と地権者の締結する等価交換契約の内容も確定した。
したがって、本件事業は、後は国土利用計画法二三条の届出を待って被告と地権者との間の等価交換契約を締結し、本件マンションの建築請負契約を締結して建築工事に着工するばかりになっていた。
(4) ところが、被告は、平成六年九月五日、突然、マンション価格が下落傾向にあることなど、不動産市況が厳しい状況にあり、本件事業を遂行しても被告の採算がとれないという一方的な理由によって、本件事業から撤退する意思を表明した。
しかし、本件組合契約の締結から平成六年九月五日までの間に、マンション価格は下落傾向にあるとはいえ、特段の事情があるほど下落したわけではなく、不動産市況が厳しい状況にあることは本件組合契約締結時からその状況にあったものであり、被告の理由は、民法六七八条のやむことを得ざる事由に該当せず、任意脱退は認められない。
(六) 本件組合の解散と原告の責めに帰せざる事由による本件準委任契約終了と報酬請求権
(1) 本件組合は、被告と淺川組の二人組合であり、被告の脱退がやむことを得ざる事由に該当せず、任意脱退が認められないとしても、被告の事実上の脱退により、本件事業はいずれにせよ不能になったのであるから、被告から書面により脱退の意思の表明された平成六年九月一九日をもって本件組合は解散した。
本件組合の解散により、本件準委任契約は委任事務が喪失し、原告の責めに帰すべからざる事由により終了した。
したがって、民法六四八条三項により、原告には、既になした事務処理の割合による報酬請求権がある。
(2) 本件事業は、前記のとおり、国土利用計画法の届出を待って被告と地権者との間の等価交換契約を締結し、本件マンションの建築請負契約を締結して建築工事に着工するばかりになっていたのであるから、原告の本件準委任契約による事務は、終了していたか、請負契約及び等価交換契約に立ち会う事務が残っている程度であった。
したがって、原告は、被告に対し、本件報酬契約に基づき、約定の報酬額、あるいは、少なくともその九割である二三三四万六〇〇〇円の請求権を有する。
2 (第二次請求原因―被告と淺川組との間の共同事業契約の仲介と業務協力を内容とする合意の債務不履行)
(一) 仮に、平成五年一二月二八日に被告と淺川組との間で締結されたのが組合契約ではないとしても、本件事業を共同で行うことを約束した共同事業契約(以下「本件共同事業契約」という。)であり、右契約は、原告の仲介により成立したものであり、原告の仲介行為はその目的を達成している。
(二) 本件覚書は、1(三)(5)に記載したとおりの内容のものであり、被告と淺川組との間で締結されたのが組合契約ではなく、本件共同事業契約であったとしても、本件報酬契約は効力を有する。
(三) 被告は、1(五)(4)に記載したとおり、一方的に本件事業から撤退したものであり、これは、本件共同事業契約の債務不履行にあたるとともに、本件覚書による合意(以下「本件覚書合意」という。)の債務不履行に当たる。
(四) したがって、原告は、被告に対し、約定の報酬額相当の損害賠償請求権を有する。
3 (第三次請求原因―条件付等価交換契約及び建築工事請負契約の成立)
仮に、本件覚書合意に基づく報酬の支払請求権が本件マンション建築請負契約及び等価交換契約の成立によってはじめて発生するものであるとしても、1(五)に記載したとおり、右いずれの契約も、これを締結するのに何ら支障のない状態となり、被告、淺川組の双方が契約の内容について合意に達していたのであるから、国土利用計画法の届出を条件として右いずれの契約も成立したものというべきである。
したがって、原告は、被告に対して、約定の報酬金の請求権を有する。
三 争いのない事実
請求原因事実は、被告が争う次の点を除いて、概ね争いがない。
(被告が争う請求原因事実)
1 本件組合契約の成立について
被告と淺川組が平成五年一二月二八日に本件土地上に本件マンションを建築することにつき、「基本協定書」という文書(甲第二号証の一)を取り交わしたこと、及びこの基本協定に原告が立ち会ったことは事実であるが、この基本協定は、組合契約でも、共同事業契約でもない。
被告は、本件土地に淺川組施工により販売用のマンションを建築することとし、当時本件土地に関して淺川組が有していた地権者との契約上の地位を承継し、地権者と等価交換方式で事業を進めることに関する段取りについて淺川組と取り交わした書面が基本協定書であり、これをもって組合契約あるいは共同事業契約とみることはできない。
2 本件組合契約等の締結についての仲介依頼について
被告は、本件組合契約、本件共同事業契約あるいは右基本協定の締結についての仲介を原告に依頼したことはない。
被告が原告に依頼した事項とそれに伴い約定した報酬の支払は、本件覚書に記載されているとおりである。すなわち、地権者との間の等価交換契約と淺川組との間の建築請負契約が締結されてはじめて報酬支払義務が生じるものである。
原告主張のように被告の仲介の目的が本件組合契約、本件共同事業契約であるとすれば、本件覚書取り交わしの時(平成六年三月一四日である)には、右契約は締結されていた(平成五年一二月二八日が締結時)のであるから、もはや原告の行う仲介行為はなく、本件報酬契約において、直ちに報酬を支払う約束がされたはずであるが、報酬支払時期は、建築請負契約及び等価交換契約締結時とされている。
被告が原告に依頼したのは、あくまでこれらの契約についての仲介にすぎない。そして、仲介契約を締結したからといって被告が建築請負契約及び等価交換契約を締結すべき義務を負うことは、仲介契約の性質からいってもあり得ないのであるから、被告に仲介契約の債務不履行はない。
3 本件準委任契約について
被告は原告に対し、物件の紹介、契約のとりまとめという仲介業務を超えて、業務協力を依頼したことはなく、本件準委任契約の成立は否認する。
本件準委任契約に関する原告の主張に対する被告の反論は次のとおりである。
(一) 原告が主張するように被告の職分が分担されていた事実はあるが、本件に関する諸業務の多くは用地部で扱い、マンションの設計について商品部が扱う場合も、全体事業と関係する限り、用地部関係者が参画していた。
被告は、それほど大きな会社ではなく、わざわざ他の会社に自己の会社の社内調整をしてもらう必要はないし、そのような依頼もしていない。
(二) 被告が、平成八年三月までに本件マンションの引渡しを受けたい意向であったとの点については、確かに被告は当初平成七年度の収益に計上することを希望していたが、平成六年四月二一日には、平成八年度分収益計上に変更する旨原告にも通知しており、時間的に切迫していたということはない。
(三) 被告は、当時既に相当数のマンションを建築販売しており、この中には等価交換事業により実施したものも含まれていて、原告から指導を受けなければ事業が実施できないなどという状況にはなかったし、等価交換事業の実施方法について原告から特に指導を受けたことはない。
(四) 原告の担当者が被告と淺川組との打ち合わせに同席したことはある(ただし、被告の記録では、打ち合わせが二六回で、うち、原告担当者が同席したのが二四回である。)が、これらは、仲介業務の前段階で行われる単なる調整作業にすぎず、報酬請求の根拠となるものではない。
(五) 原告は、本件事業の推進方法及び行程を被告に提案したことはないし、日程調整、場所の設定をしたこともない。被告と淺川組との打ち合わせは、原則として、毎週木曜日の午後に被告本社で行うと決めて実行されていたものである。
(六) 被告は、マンションの間取りについて原告から助言を受けたこともない。
被告は、マンション販売には相当の実績があり、自社のマンションの間取りを原告から助言を受けなければ決定できないほど経験のない業者ではない。
また、メータボックスの点は話題になったことはあるが、被告が基準を見落として設計させ、それを原告が指摘したような事実はない。
(七) 国土利用計画法の届出に関しては、被告が特に依頼したわけではないが、再販価格について原告が官庁に打診したことは事実である(事前確認申請をしたわけではない。)。仲介業者がこの程度のことを準備作業として行うのは当然のことである。
また、等価交換契約の原案を小野が自発的に被告に交付したことはあるが、被告に等価交換契約の知識が欠けていたわけではなく、小野が交付した契約書の原案は刊行物に掲載されている程度のものだった。
(八) 被告が事業から撤退を表明したことは事実であるが、その時点でケイテイ建築と契約が締結されていたことは知らない。当時少なくとも施工図が完成していた事実はない。
建築確認申請は、申請後に申請した旨の連絡を受けたが、事前に被告に相談はなかった。
近隣対策についても、具体的にどこの業者にいくらの金額で契約を締結したかは知らない。
(九) 被告が事業から撤退した時、地権者に提案すべき等価交換契約の基本的様式については定まっていたが、淺川組が平成二年当時に地権者と等価交換契約を締結した時点から、国土利用計画法上の価格は低下しており、その他未確定部分は多く、被告と地権者が契約を締結できる状況ではなかった。
原告は、あたかも、事業中止時点ですぐにも契約が締結され、工事が開始できるまで作業が進んでいたかのごとく主張するが、その指摘は当たらない。
原告担当者は、地権者と接触したことすらなく、設計、近隣対策など、契約を要するものについても、被告に連絡したこともない。
4 国土利用計画法二三条の届出を条件とする契約成立について
等価交換契約は、地権者と被告が締結することになるのであるから、地権者と被告との間に何らの合意も存在しない段階で条件付きであっても、等価交換契約が成立することはない。
国土利用計画法二三条の届出については、その届出を条件として先に契約を締結すると、同条項の違反となるのであり、被告も淺川組もそのような契約を締結することはない。
四 争点
1 被告から原告に依頼したのは、本件組合契約(本件共同事業契約あるいは基本協定)の仲介か、それとも被告と淺川組との間の本件マンションの建築請負契約及び被告と地権者との間の等価交換契約の仲介か。
この点についての原告の主張は、請求原因記載のとおりであり、被告の主張は、次のとおりである。
被告と淺川組が平成五年一二月二八日に締結した基本協定は、財産の移転等の合意をしたものではなく、基本協定の存在は、等価交換契約の締結を義務づけるものではない。被告は、不動産業者であり、マンションを販売して利益を上げることを目指すのであるから、少なくとも、マンションを取得できるだけの契約、すなわち地権者との等価交換契約の仲介を受けなければそれに対して報酬を支払う意味はない。右基本協定は、等価交換契約締結のための準備活動にすぎず、それに対して二五〇〇万円以上というような莫大な金額の報酬支払を約束することはあり得ない。
2 本件報酬契約で約束された報酬は、仲介に対する報酬か、それとも、仲介に対する報酬と業務協力に対する報酬を合わせたものか。
この点についての原告の主張は、請求原因記載のとおりであり、被告の主張は、次のとおりである。
原告の仲介により、等価交換契約の締結に向けて準備が進められていたことは事実であるが、原告の活動は、結局物件を紹介し、契約締結のための打ち合わせに同席していた以上のものではなく、仲介報酬とは別に原告の活動に対して報酬が支払われる性質のものではない。不動産の仲介においては、多大な労力を伴う活動をしながら契約が成立せず、何らの報酬の支払も受けられないことはしばしば生ずるのであり、仲介報酬が成功報酬である以上やむを得ないことといわざるを得ない。
3 本件覚書合意の債務不履行による報酬額相当の損害賠償請求権の成否
4 条件付等価交換契約及び建築工事請負契約の成否
第三 争点に対する判断
一 第二、三記載のとおり、本件においては、基本的な事実関係は、当事者間に争いがなく、結局、争点は、本件覚書(甲第一号証)に記載された合意をどのように解釈すべきかということに尽きる。
二 そこで、甲第一号証に記載された文言をみると、甲第一号証には、左記のような記載がある。
記
京成不動産株式会社(以下「甲」という)と東洋建物株式会社(以下「乙」という)とは、甲と株式会社淺川組とで平成五年一二月二八日付で締結した、東向島マンション等価交換事業計画(以下「本事業」という)の基本合意書に係る仲介業務及び本事業に関する業務協力について、下記のとおり双方合意したのでここに覚書を締結する。
第1条 甲は、乙より東向島マンション等価交換事業の仲介業務を受けたことを確認する。
第2条 乙は、本事業が円滑に推進するよう、誠意をもって甲のため本事業が完結するまで、本事業に関する業務の協力をすることを確約した。
第3条 甲は乙に対し、仲介業務及び本事業の業務協力の報酬として、次のとおり支払うものとする。
(1) 報酬額
金25,940,000円也
消費税額 金778,200円也
(2) 支払時期
ア) 等価交換売買契約及び建築工事請負契約の締結時
金12,970,000円也
イ) 等価交換売買契約及び建築工事請負契約の引渡時
金12,970,000円也
金778,200円也(消費税)
第4条 乙は、仲介業務及び本事業の業務協力に関して、協力不動産業者等を使用した場合、これに対する実費、手数料その他の支払について乙が一切の責任を負担しなければならず、甲には金銭その他いかなる負担もかけないことを確認する。
第5条 甲又は乙は、相手方が本覚書に違背したときは、催告のうえ本覚書を解除することができる。
三 そして、本件覚書作成までの経緯としては、次の事実が認められる(甲二の一から四まで、三、一〇から一二まで、証人田子弘幸、同植松吉美、同小野隆裕、同高田和義)。
淺川組は、昭和六三年ころから本件土地にマンションを建築する計画を立て、地権者と交渉し、平成二年には地権者全員との間で等価交換方式によるマンション建築の合意が成立していた。このときの計画は、淺川組がマンションを建築し、地権者と等価交換契約を締結し、淺川組が取得したマンションの専有部分を専有卸としてマンションの分譲業者に販売するというものであった。
ところが、バブル経済の崩壊により、不動産価格の下落と需要の落ち込みが生じ、淺川組が建築資金を負担して事業を進めても大きなリスクを負うことになるし、淺川組の取得するマンションの専有部分の販売価格も大幅に修正しなければならなくなったので、平成三年一一月ころ、淺川組は地権者の承諾を得て、淺川組が等価交換契約を締結する形でのマンション建築事業を中止し、以後は、資金力のあるデベロッパー(マンション分譲業者など)と共同してマンション等価交換事業を遂行していくこととした。
平成四年後半ころから、土地の価額が安定し、建築価格も下落したことから、淺川組は、本件土地のマンション等価交換事業を再度進展させることとし、新たに基本プランを作り直し、販売用マンションを取得する代わりに建築資金等の事業資金を負担してくれるデベロッパーを探すことにした。そして、平成五年二月ころ、淺川組は、原告に対し、そのようなデベロッパーを探してほしいと依頼した。
原告は、協力業者である小野にも協力を求めてデベロッパーを探し、平成五年六月に小野が被告にこの話を持ち込み、同年八月に淺川組と原・被告の三者がはじめて顔を合わせることになった。被告がデベロッパーとして右事業に加わる意思があることを表明したので、その後、頻繁に本件マンションの基本仕様等について淺川組と被告との間の打ち合わせが行われ、その打ち合わせには原告も加わった。そして、平成五年一二月初めころには、本件マンションの仕様が決まり、淺川組と被告が本件マンションの等価交換事業を共同で遂行していくための基本的な条件について合意に達した。
本件マンションの等価交換事業については、最終的には被告がその資金を負担することになるが、等価交換契約及び建築請負契約を締結する前に、①本件マンションの建築確認申請をする必要があり、そのための設計図面の作成を建築設計事務所に依頼すること、②近隣対策として、付近住民から同意を取り付けること、③地権者に明渡しの費用を支払うことなどの準備作業が必要であり、その作業に必要な費用は淺川組が先行して一時的に負担することになるから、淺川組としては本件マンションの等価交換事業について、淺川組・被告双方の役割分担、責務を定めた協議書を作成したいと被告に申し入れ、被告もこれを了承して、平成五年一二月二八日に甲第二号証の一の「基本合意書」(以下、「本件基本合意書」という。)が作成された。この基本合意書には、淺川組と被告との間で合意に達した本件マンションの基本仕様の図面や、平成二年当時淺川組と地権者との間で結ばれた等価交換に関する合意書等も添付された(甲二の二から四まで)。
本件基本合意書が作成された後、平成六年一月に入って、原告から被告に対して仲介報酬額についての打診をした。原告は、被告から、本件マンションの等価交換事業について、等価交換契約及び建築請負契約締結に至るまで円滑に進展するように協力してほしいとの要望を受けていたので、原告は、その業務協力費も含めて、本件基本合意書に記載された総事業費一三億九二五万五〇〇〇円から消費税を除いた金額の三パーセントを報酬とすることを提案したが、被告は、それは高すぎるので、総事業費から消費税を除いた金額の二パーセントを提案し、原告もこれを了承して、前記本件覚書第3条に記載されたとおりの報酬額の合意が成立した。
そして、平成六年三月ころ本件覚書が作成されたが、本件覚書の第1条は、以上のような経緯を受けて確認的に記載されたものであった。なお、第4条は、原告が小野を協力業者としていたこともあって記載されたものと考えられる。
四 さらに、本件覚書作成後の経緯として、次の事実が認められる(甲三から八まで、九の一から三まで、一〇から一二まで、証人田子弘幸、同植松吉美、同小野隆裕、同高田和義)。
原告は、甲第三号証に記載されているように、本件覚書作成後も、設計変更等に関する被告と淺川組との二〇数回に及ぶ打ち合わせに立ち会い、国土利用計画法に基づく届出の関係でも、被告がマンションを販売する場合に国土利用計画法上問題となる点を検討して、被告に指摘する(甲九の一から三まで)とともに、墨田区の担当課と打ち合わせをし、問題が生じないことを確認し、等価交換契約書案を提供して意見を述べるなど、本件覚書に記載された被告に対する業務協力を行ってきたが、平成六年九月五日、被告は、淺川組に対して一方的に本件マンションについての等価交換事業を取りやめる旨通知してきたため、原告の提供した労務は報われないこととなった。
五 争点一について
三、四で認定した事実及び請求原因中争いのない事実から本件覚書の文言を検討すると、そもそも、本件基本合意書作成までに原告と被告との間に明確な仲介契約はなく、本件基本合意書作成後に原・被告の交渉によって報酬金額が決定し、本件覚書が作成されることになったのであるから、原告主張の本件報酬契約が、本件基本合意書作成の仲介に対する報酬を約束したものとは考えられない。仮に本件基本合意書の作成に対して仲介報酬が支払われるのであれば、直ちに支払われるはずであり、本件覚書の第3条の報酬約束が、報酬の支払時期として、「等価交換売買契約及び建築工事請負契約」の締結時及び引渡時としていることも矛盾する。また、仲介報酬の性質から考えても、被告が主張するとおり、被告に等価交換契約に基づく利益も生じないのに、その準備的な合意の成立に総事業費を基準とした報酬支払の約束をするとは考えられない。
原告は、本件基本合意書による合意の性質について、組合契約あるいは、共同事業契約である旨主張して、その拘束力が強いものであったとするが、仮に拘束力の強いものであったとしても、その後にマンションの設計変更や、国土利用計画法に基づく届出、近隣対策、地権者との契約など、最終的な等価交換契約及び建築請負契約の締結までにはさらに様々な準備活動を必要としており、その間に何らかの事情で本件事業が遂行できなくなる可能性を残した合意であったことは否定できず、本件基本合意書の作成の仲介に対して独立して仲介報酬の支払約束があったとは認められない。
そして、本件覚書の第1条は、本件基本合意書の作成にあたっても原告の仲介行為があり、そのような事情も加味して、等価交換契約及び建築請負契約の締結についての仲介について報酬約束がされたことを明らかにする意味を有するものと認められる。
したがって、争点一に関する原告の主張は理由がない。
六 争点二について
本件覚書は、その前文、第2条、第3条、第4条のいずれについても、「仲介業務」と「本事業の協力業務」を明確に区別して記載している。
そして、三、四で認定した事実、請求原因中争いのない事実、証人田子弘幸、同小野隆裕の証言によると、本件覚書第3条の報酬額は、前記のとおり、原告が被告に対して業務協力をすることを前提に総事業費の二パーセントと定められたが、一般に等価交換契約の仲介をする場合、総事業費を基準に仲介報酬額が定められることはなく、交換される土地、建物の価額を基準に、宅地建物取引業法の規定を受けて建設大臣の定めた仲介報酬額の最高額である約三パーセントと定められるものであること、仮に本件事業において交換される土地、建物の価額を基準に三パーセントを乗じると、交換される土地、建物の最終的な金額が明らかでない(田子は、四億から五億と証言している。)ので正確には算出できないが、ほぼ、一千数百万円(小野の証言)となることが見込まれ、本件覚書で約束された二五九四万円をかなり下回る可能性があったこと、等価交換契約書を取り交わすときには、その契約書の中で交換される土地、建物の価額が明らかになるので、原・被告とも、その価額に三パーセントを乗じた金額が二五九四万円を下回れば、それを超える部分は、別途業務協力に対する報酬として書面を取り交わさなければならないと考えていたこと、以上の事実が認められる。
そして、四で認定した事実及び請求原因中争いのない事実によれば、原告は、本件覚書に基づき、被告の事業に協力したが、その労務提供の内容は、仲介業務に当然伴うものを超えていたものと認められる。
したがって、本件覚書は、被告が原告に対し、等価交換契約及びマンション建築請負契約の締結についてその仲介をあらためて依頼するとともに、仲介行為を超えて、淺川組との交渉の立会、調整等、被告の事業への積極的な協力を依頼し、仲介と業務協力に対する報酬として二五九四万円を支払うことを約束したものと認められる。したがって、原告の本件準委任契約の成立についての主張は、右の限度でこれを認めることができる。
仲介報酬は、被告が主張するとおり成功報酬であり、等価交換契約及び建築請負契約が締結されなかった以上、原告にはその請求権がないといわざるを得ないが、業務協力に対する報酬は、原告が主張するとおり、民法六四八条三項により、既になした履行の割合に応じて請求することができるものというべきである。
本件覚書が作成されたときには、本件事業が被告の一方的な撤退により中止されるという事態は想定されていなかったので、本件覚書には、仲介報酬と業務協力に対する報酬との割合は明示されていない。しかし、仲介報酬の上限が交換される土地、建物の価額の三パーセントであることは原・被告とも認識していたはずであるから、それを超える部分は、業務協力に対する報酬と考えられていたものというべきである。
原告は、二五九四万円の四〇パーセントが業務協力に対する報酬であると認識していた旨主張するが、前記田子及び小野の証言によっても、仲介報酬は一千数百万円(田子の証言により交換される土地、建物の価額が五億円とすると、一五〇〇万円)となり、業務協力に対する報酬を四〇パーセントとする原告の主張は理由があるものというべきである。そうすると、業務協力に対する報酬金額は、一〇三七万六〇〇〇円となる。
右報酬金額は、等価交換契約及び建築請負契約が締結されるまで原告が業務協力をした場合の金額であり、本件事業については、マンションの設計についてなお被告に不満が残っており(甲五、証人高田和義)、淺川組との間で調整する必要があったほか、淺川組と地権者との間の合意も平成二年当時のものであり(甲二の三)、不明確な部分もあり(証人高田和義)、等価交換契約の内容については、地権者だけでなく、被告からもなお要望が出てくる可能性が十分にあったと考えられるので、最終的に被告と地権者との間の等価交換契約が締結されるためには、原告は、被告の業務協力者としてさらに相当の労力を提供する必要があったものと認められる(田子も小野も地権者との交渉は淺川組が行うことになっており、原告は関与しないかのような証言をしているが、原告が被告から依頼された業務協力の中には、当然、地権者との交渉が円滑に行われるように尽力することも含まれていたものというべきである。)。
これらの事情を考慮すると、報酬金額の三割に相当する事務はなお残っていたものというべきであり、原告はそれに相応する労務の提供を免れているので、一〇三七万六〇〇〇円の七割に相当する七二六万三二〇〇円の報酬請求権を有するものと認めるのが相当である。そして、本件覚書では、報酬金額に、三パーセントの消費税相当額を付加して支払う約束になっているので、結局、原告は、被告に対し、七四八万一〇九六円の請求権を有することになる。
七 争点三、四(第二次請求原因及び第三次請求原因の成否)について
本件覚書による合意の内容は、これまで述べてきたとおりであり、本件覚書は、等価交換契約及び建築請負契約の締結を被告に義務付けるものではないから、被告が主張するとおり、第二次請求原因及び第三次請求原因はいずれも理由がない。
八 よって、原告の請求は、準委任契約に基づき、七四八万一〇九六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年一二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官福田剛久)
別紙<省略>